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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

【小説】ねこミミ☆ガンダム 第4話 その他

午後9時30分――。
ヒロシは遅い夕食と家族団らんを終え、パソコンの前に座った。
「さぁて、と……。夜のお仕事にはげみますかねぇ……」
夜はひとりでの作業が多いせいで、すっかり独り言がくせになってしまった。
いつものように専用ブラウザを起ち上げる。ヒロシが管理人を務めるネット掲示版の状態が一覧できる画面があらわれた。
「勢いのあるスレは、と……」
画面のグラフは、掲示版のスレッド(話題やテーマごとに文章を投稿する板)ごとの勢いを示している。「勢い」とは、どれだけ頻繁にスレッドに書き込みがあるかを数値化したものだ。
やはり、総合ニュース系のスレッドには勢いがある。最近では、日本人のロックバンド〈KEY’Z〉がアメリカの音楽賞を受賞したことから、芸能ニュース系にも勢いがあった。
KEY’Z関連のスレッドでもっとも勢いがあるのは――アンチスレだ。
人気が出るに比例してアンチも増える。特に匿名掲示版には嫉妬からくる中傷が多かった。ゲスな書き込みだが、掲示版の管理を生業とするヒロシにとって、お客さんが増えることはありがたいことだった。
現在、KEY’Zアンチスレの閲覧者は200人ほど。なかなかの人数だ。しかし、このなかでスレッドに書き込んでくれるのはせいぜい1割程度。意外と少ないものだ。スレッドを盛り上げるためには、ちょっとした営業努力もいる。
ヒロシはネット専従社員にメッセージを発した。
「C班とG班は芸能板KEY’Zアンチスレッドへ。流れにそって盛り上げてください。対象年齢は20代前半までと低めです。ギャップがあるかと思いますが、なにとぞよろしく、と……」
C班の班長から返信がきた。
「王自らのご出立ですかw」
王とはヒロシのことだ。A班のヒロシがKEY’Zのアンチスレにいることは社員たちにも管理専用ブラウザから見えている。
「たまたまヒマですので~、と……」
C班の班長、
「王のために励みますぞwww」
「暴れてくださいw」
1日100万人が利用する日本最大のネット掲示版――などと持ち上げられても、実際はこのように自分と仲間たち(社員)との手作業で盛り上げていかなくては利用者は維持できない。安易にヒマつぶしを求めるお客さんたちは移り気なのだ。
景気がいい時はネット専従社員も多くいたものだが、今ではすっかり減らしてしまった。経費削減にと、スクリプトによる書き込みを試したこともあるが、やはり人の創造性にはかなわない。
一時期はヒロシも、日本のIT業界の寵児などとメディアにもてはやされたことがあった。それも今や昔の話だ。近ごろはメディアへの露出は控えている。それでも生活のために掲示版の管理人を辞めることはできない。
こんな仕事をいつまで続ければいいのか――近ごろ、そんなことを思う時が多くなっていた。考えたところで答えは決まっている。中学生になったばかりの子どもが大学を卒業するまでだ。

KEY’Zのアンチスレには人の何倍もの大量の書き込みするアンチのお客さんがいた。書き込みごとに識別IDを変えてはいるが、IPアドレスをたどれば同じ人物だ。
そこにC班とG班の書き込みが加わってスレの勢いはぐんぐんと上がっていった。
熱心な書き込みをするアンチのお客さんの投稿履歴をたどってみた。アンチスレにくる前は、ファンスレにも長くいたようだ。
このお客さんはアンチなのか、ファンなのか。どちらでもないヒマ人か、どちらでもあるこじれた人か。匿名掲示版には2重人格のような裏表のある書き込みが少なくい。ただ、遊びたい、かまってほしいだけなのだ。
大量投稿アンチの書き込みをよくよく読む。精神年齢は低そうだ。KEY’Zに対する異常なまでのこだわり――アンチなのだから当然だが、何か違和感を感じた。
このアンチはKEY’Zの中傷を書き連ねながら、アンチである自分まで悪く思われるようなことを書いている。あるいは熱心なファンがアンチへの対抗、カウンターとしてやっているのかもしれなかった。アンチをおとしめるためのアンチ(のふりをした)活動。
「ご苦労さまなことです……」
熱心なファンの心理はいまいちわからない。このアンチ、ひねくれたファンとでも呼ぼうか。
とはいえ、大事なお客さんにはちがいない。ヒロシは、お客さんを煽るためにKEY’Zのボーカルがやたら老けて映るテレビのキャプチャー画像を何度か投稿してやった。
ネットの深いところで、KEY’Zのボーカルは年齢詐称を疑われている。芸能界にはよくある話だ。ヒロシには興味のないことだが、このアンチ(ひねくれたファン?)にとっては気になるはずだ。
が、このひねくれたお客さんは画像にリアクションを返さない。すでに見慣れているのか、反応したくないのか。いまいち判断がつかない。実は、内心、はらわたが煮えくり返っているようなら面白いのだが。
アンチスレでは有名人だという「朕」があらわれた。こういった面白い人が勝手にあらわれてくれるのが勢いのあるスレッドの特徴だ。ぜひ、長いお付き合いをしていきたいお客さんだ。見ていると、朕はアンチにとって最高の遊び相手のようだ。いや、サンドバッグか。
ヒロシは朕のIPアドレスに「朕」という名前をつけた。こうしておけば視認性が上がる。
朕のIPを調べると宮内庁内にたどり着いた。思わず吹き出した。およそ、夜勤の職員か何かがヒマを持てあまして遊んでいるのだろう。しかし、いたずらにしては手が込んでいる。アンチスレの面白さがヒロシにもわかった気がした。
朕の人気はかなりのもので、アンチスレの勢いはついに全掲示板中でトップになった。
例のひねくれたファン(アンチ)は朕には絡もうとしない。ほかのアンチとは対照的な振る舞いだった。
「やはり、ファンか?」
なんとなくだが、そう直感した。
KEY’Zは日本中で大人気だが、やはり女性のファンが多かった。特に多いのが女子高生から女子中学生だ。アンチだとしたら男子中学生あたりかと思っていたが、ファンだとしたら――
ヒロシは、ひねくれたファン(アンチ)のIPに名前をつけた。
「お前は今日から〈女子中学生(ひねくれたKEY’Zファン)〉だ」
名前をつけたIPは、専用ブラウザからいつでも動きを知ることができる。
などとやっているうちに〈女子中学生〉はいなくなってしまった。友人からの誘いがあったのか。寝たのか。どちらにしろ、匿名掲示版で罵り合いをするよりは生産的だ。
「ふぅー……」
わずかに勢いのなくなったスレッドをながめながら、ヒロシは長い息をはいた。
まだ午後11時。仕事をはじめてから、1時間ほどしか経っていない。歳を取るごとに時間は短く感じるものだが、夜の仕事はむしろ長く感じるようだった。
せめて人が目に止める価値のあるものはないだろうか――ヒロシは電子の海をあさった。



暖かな土曜日の午後。
雲ヶ丘中学校の会議室に、朝礼で鍛えた校長の声がひびいた。
「では、この議題については、これで終了とします。ほかに発言のある先生はおられますか? なければ本日の会議は……」
「校長先生」
と、会議机に居並ぶ教員に中で、ひときわ小柄な女が手をあげた。腕は細いが、動きには機敏さと力強さがある。頭には、ぬいぐるみのようケモノの耳がついていた。
校長は手をあげる女教師にいった。
「どうぞ、ネコミミ先生」
「マリーベル・ミケ・ミルティです」
「おお、申し訳ありません……」校長はすまなそうにいった。「つい、うっかり……。どうぞ、マリー先生」
マリーと呼ばれたネコミミ族の教師は立ち上がると、鈴の音のように通る声でいった。
「先週もお話いたしました、本校に民間の教育法を試験導入する提案についてです。この場をお借りして、ぜひとも皆さまにご意見をうかがいたく存じます。会議の前にお渡ししたプリントは、件の〈ドラゴン・ピーチ教育法〉の概要を説明するためのものです」
教員たちがプリントを手に取り、ガサガサとめくる音が会議室にした。
ネコミミ先生は続けた。
「ベストセラー漫画家のドラゴン・ピーチ氏が私塾で実践する、この新しい教育法は、その革新性と効果から、今や地元の坂之上市ばかりでなく全国にまで知れ渡りつつあります。私は雲ヶ丘中学校が廃校していた夏休み中のわずかな時間でしたが、ドラゴン・ピーチ先生のもとで働かせていただきました。そこで実践されているユニークな教育法に私は心から感動いたしました。勉強嫌いで知られる生徒が入塾してわずか1週間――自分から教科書を開くようになる。その光景は、私にとっては奇跡としか言いようがありませんでした。私は、ついに、私が教師を目指した時から求めていた理想の教育法をこんな近くで見つけることができたのだと、そう思うと、私は感動のあまり身が震え、目からは私の熱い涙が滂沱(ぼうだ)として私は……」
「マリー先生!」
ふいに校長から声をかけられ、ネコミミ先生はおどろいた。
「は、はいっ!?」
「ほかの先生方のご意見もうかがったほうがよろしいのでは……」
「そ、そうですわね。つい興奮して……」
ネコミミ先生が気を取り直していうと、メガネをした女性教師が手をあげた。
「よろしいざぁますか?」
「はい、教頭先生」
教頭はいった。
「生徒の自主性を重んじ、最終的な目標を自主学習の確立におくというドラゴン・ピーチ教育法の理念は、昨今の試験勉強に偏重した学習にくらべて、むしろ基礎的なものを重視する学習法とお見受けましたぁざますが……」
ネコミミ先生はいった。
「はい。試験はあくまでも結果です。もちろん結果は大事ですが、ドラゴン・ピーチ教育法は、その結果を導くための過程――木でいうところの幹や根こそを重視します。ある意味、今の教育が忘れがちな王道的な学習法といえましょう」
「ただ、それだけで本当に学習成果がでるのでざぁますか? まゆつばぁざますわね」
「確かに、この教育法は、まだまだ目新しいだけで際立った成果がないように思われています。しかし、私が実際に目にしたその成果は驚くべきものでした。私の受け持つ勉強嫌いの女生徒がこの塾に通い始めたところ、2学期が始まるころには、その成績は1学期とは比べものにならないほど上がっておりました。何より、驚いたのは女生徒の勉強嫌いが直っていたことです……! 私はそれだけでも、ドラゴン・ピーチ教育法には数字では表せない価値があると思いました!!」
ネコミミ先生の熱弁に教頭は心を打たれたようだった。
「それは素晴らしいざまぁすわね……。ただ、公立学校で私塾の教育法を取り入れるにあたって、公教育との関わりはどのようにお考えぇざますか?」
「もちろん、公教育をないがしろにしていいはずがありません。試験的にドラゴン・ピーチ教育法を導入するなら、週に2時間ある自由課題の時に科目を限定して導入したらいかがでしょうか」
「いかなる科目を予定されているのでぇざます?」
「はい。郷土の歴史です」
「ほう……」
会議室がざわついた。先生たちが互いに顔を見合わせた。それぞれの顔は苦笑いしたり、驚いたり。科目の中でも郷土の歴史は生徒や保護者に特に人気がなかった。試験に出ないからだ。
教頭は考えるようにいった。
「不人気な郷土の歴史を自由課題として取り上げてくだされば、ほかに科目の時間に余裕ができざまぁすわね……」
それならむしろ助かるのではないか、そんな空気が場を占めていった。
「よろしいでしょうか」
校長が手をあげて発言を求めた。
「もちろんですわ。校長先生」
「私が感心したのは、ドラゴン・ピーチ教育法における自宅学習、宿題の位置づけです。学校で習った内容を復習するのではなく、これから学ぶところを予習させるという――。これは学習の主体は生徒児童であるとする理念から発想されたものですね」
ネコミミ先生は頭のミミをはねあげていった。
「そこに目をつけられるとは……。さすが、校長先生です」
「もちろん、これだけで学力が劇的に向上するということではないにでしょう。しかし、私は目からウロコが落ちる思いがしました。宿題ひとつとっても、生徒のためにこのような新たな発想ができる。教育の可能性を改めて教えられた気がします」
「校長先生……!」
「このような素晴らしい教育法を、ぜひとも本校に取り入れていきたい。私は、そのように思います」
会議机に並ぶ先生たちが賛同の拍手をした。拍手は次第に力強く大きくなっていった。
「お待ちください!!」
高い声がして拍手が止んだ。ひときわ小柄な影が立ち上がった。9月から雲ヶ丘中学校に入った新任の教師だ。大きなミミが頭についている。ネコミミ族の教師だ。
衆目を集める新任のネコミミ族教師に校長がいった。
「新任のネコミミ先生、いかがされました?」
「エミリーです」
「はい?」
「エミリー・ミケ・マロータですわ」
「おお、ついうっかり……。申し訳ありません」
校長は頭を下げてからいった。「エミリー先生、いかがされました」
エミリーと呼ばれたネコミミ族の教師はいった。
「私は反対です! このような市井の教育法を取り入れて公教育がなおざりになるなど本末転倒! 私は断固、反対します!!」
校長がこたえた。
「ですが、ドラゴン・ピーチ教育法を自由科目の時間に導入するなら、通常授業への影響はないのでは……」
「皆さまご存知ないようですわね……」エミリーはうっすらと笑みを浮かべた。「政府は来年度までに大幅な教育改革を進めるといいます。学力向上のために今までの学習時間を倍増させる予定ですのよ」
「なんと……」
会議室がにわかにざわついた。
ただでさえ少ない授業時間を倍増したら業務に支障が出るのではないか。今のネコミミ族が多数を占める政府・国会ではあり得ないことではなかった。
「試験にも出ない地域の歴史なんて科目として残るか、それも怪しいですわね……」
ほかの先生がきいた。
「エミリー先生は、なぜそのようなことをご存知なのですか?」
エミリーは、
「私、すべての与党国会議員が所属する〈ネコミミ族との融和をすすめ、真実の歴史を教える新しい教科書を作る会議〉―通称〈ネコミミ会議〉に通常会員として所属しております。来月からは上級会員になる予定ですのよ」
と、手にしたプリントを先生方にまわした。
プリントで目立ったのは赤い太文字で書かれた「誇りあるネコミミ☆ジャパン国民を作るために」。プリントにはネコミミ会議が目指す教育改革について書かれていた。
エミリーは誇らしげにいった。
「皆さまにお渡しした資料には、ネコミミ会議が進める教育改革の概要が記されています。その目標は、ネコミミ族と旧日本原住民との友愛をはかり、新しい自国に誇りを持った国民を育てることにあります。そのために新たに発見された歴史的真実にもとづく正しい歴史観を幼少期から教えることこそが重要であると提言しております。真に祖国を誇りに思う国民によって、真に力強い国家の建設を目指す。それこそがネコミミ会議の目的なのです!」
静まる会議室で校長が恐る恐る口を開いた。
「今までのやり方ではいけない、ということでしょうか……」
「学問の世界も日進月歩で進化しておりますわ」
「その、新たに発見された歴史的真実とは?」
「よくぞ聞いてくださいました。もう1枚のプリントをご覧ください」
会議室のみながプリントをめくった。
エミリーはいった。
「皆さまもご記憶に新しいことと思います。先ごろ、〈ゴッド・ハンド〉と称されるネコミミ族で最優秀の考古学者が革新的な発見をしました。考古学界の従来の常識をくつがえすその発見とは……! ネコミミ族を模したと思われる頭上にねこの耳がある12000年以上前の土偶です!!」
ざわめく会議室にかまわずエミリーは続けた。
「さらには13000年以上前のものと思われる日本最古の壁画が見つかりました。この壁画には、ねこ耳の人物と旧日本の原住民とが木の実を分け合いながら、仲むつまじく生活しているようすが描かれております。つまり、ネコミミ族と旧日本原住民とは、実に数万年以上前から深い交流があったのです! そのことが示す真実はただひとつ……」
校長がきいた。「そ、それは……?」
「我々ネコミミ族と旧日本原住民とは、ネコミミ☆ジャパンとしてひとつの国家、ひとつの国民となったことで、数万年の時を越え、本来のあるべき姿にもどったということです! これを歴史的真実と言わずしてなんとしましょう! このことを知った時、私は感動のあまりに身が震え、目からは熱い涙がぼうだとして……!!」
「エミリー先生!?」
おどろく校長にかまわず、ネコミミ先生は手をあげた。
「あの……、よろしいでしょうか?」
「何かしら、マリー先生……」
エミリーはじろと視線を向けた。
「考古学界における新発見は私も存じております。しかし、まだ学術的に正しいものであると証明されたわけではなかったと存じますが……」
エミリーは敵意をむき出しにした目をネコミミ先生に向けた。
「なんです……。あなたは政府がすすめる教育改革に不満が有るとでも……?」
「そんなことはありません。ですが、学術的に明らかではないことを教えるというのは生徒のためには……」
「あなたのような方が人類の進歩を認めたがらない――反知性主義者というのです」
エミリーは息を吐いてから続けた。「ネコミミ族と旧日本原住民が数万年も前から交流があった……! この素晴らしい歴史を教えずに何が教師ですか! 生徒のためを思えばこそ、この歴史的真実を教え広め、一致団結した真に強い国家を建設する! もってネコミミ族と旧日本人原住民は、ひとつの国民として永遠の繁栄を目指すべきです!!」
「本当に生徒のことを思えば歴史には謙虚であるべきではないでしょうか……」
会議室が沈黙した。ふたりは無言で向きあった。
エミリーは重い口調でいった。
「あなた、ネコミミ王国の方針に逆らうおつもり……?」
「そんなつもりはありません。ですが……」
「あなたのような方とは、これ以上、話し合うことは無用です!」エミリーは強くいった。「私に言うことを聞かせたいのなら、マシンドールで勝負なさい!!」
ネコミミ先生はおどろいた。
「マシンドールで!?」



ネコミミ先生はマシンドール〈マチノー・ラ・ネコサン〉のコックピットにいた。
「またこのマシンドールに乗って戦うことになるなんて……」
向き合うエミリーのマシンドールに向かっていった。「どうしても戦わなくてはいけないのですか?」
空間モニターが開き、コックピットのエミリーが映し出された。
「当然ですわ。実践を欠いた教育ほど無益なものはない。教師であるあなたならわかるはずです」
「でも、話し合いで決着がつかないからといって、マシンドールで決闘するなんてあまりにも安易な……」
「なら、あなたは、自分の教え子が戦場であっけなく死んでもいい――と、おっしゃるの?」
「そんなことはありません! ですが……」
「同じですわ! 人は皆、社会という戦場に出て闘う戦士! 勝たなくてはいけない! 教育は、人生で勝つためにあるのです!!」
ネコミミ先生は決意を込めていった。
「やるしか……ないようですね……」
「言ったでしょ、当然だって……」エミリーは目を細めた。「それにしてもあなたがマシンドールを持っていたなんて驚いたわ」
ネコミミ先生は懐かしそうにいった。
「この〈マチノー・ラ・ネコサン〉は、夏休み中、生徒とマシンドールで戦ったあとに、ネコミミ王国軍から払い下げてもらったものです。近所に買い物に行く時、使えるかと思って……」
エミリーはおどろいていった。
「え? 生徒と戦った? え? 何してるのよ、あなた……。普通に教師失格じゃない……」
「いえ、その時は学校が廃校していて、教師ではなかったもので……」
エミリーはショックを受けたようにいった。
「たとえ教師じゃなかった時でも、生徒と戦ったらアウトでしょ……」
「そんな時に出会ったのが〈ドラゴン・ピーチ教育法〉なんです」
「いや、聞いてないわよ?」
ネコミミ先生は力を込めて訴えた。
「自暴自棄になって忘れかけていた教育への情熱を思い起こさせてくれたのがドラゴン・ピーチ教育法なのです!」
「なんかむりやりいい話にしたがってるけど……。まあ、いいわ! そんなに自分が正しいというなら、かかってらっしゃい!!」
「行きます!」ネコミミ先生のマシンドール〈マチノー〉はかまえた。「ネコミミ・ティーチャー・パンチ!!」
マチノーは、エミリーのマシンドールに迫った。が、右足に左足を絡ませてバランスを崩すと、前のめりになって頭から転んだ。
マチノーは、エミリーのマシンドールに見下された。
モニターのエミリーは不安そうな顔でいった。
「あなた、さっきから見てるとマシンドールの操縦が苦手なようだけど……。モーション・リンクは使ってるの?」
モーション・リンクとは操縦者の動作をそのままマシンドールの動きとして伝えるシステムだ。通常の操作とは異なり、パイロットはコックピットに立ち上がって操作する。エミリーはすでにモーション・リンクを起動させていた。
ネコミミ先生はこたえた。「私、立っていると立ちくらみがしてきて……。モーション・リンクは合わないんです」
「それにしても操縦下手すぎよね。免許はあるんでしょ?」
ネコミミ先生はマチノーを立ち上がらせた。
「はい。免許試験で学科は歴代最高得点でした」
「あら、すごいじゃない」
「ですが、実技が何度やっても受からなくって……」
「え? 無免許? 何が『はい』よ……。普通に犯罪じゃない……。っていうか、そんなんでマシンドールを払い下げてもらってどうするつもりだったの」
「買い物で荷物が多くなった時とか、便利かと思って……」
「あなた買い物のたびにまわりの建物を壊すつもり? 自己中心にもほどがあるでしょ……。荷物が多ければカートにしなさいよ」
「あ、それはいいですね」
エミリーはあきれたようにいった。
「なんか、もう、戦わなくてもよさそうなものね……。どうする? もうやめる?」
「それは、私が不戦勝に?」
「そんなわけないでしょ! 負けよ! あなたの負け! 負け負けよ!!」
「な、なら、戦います!」ネコミミ先生のマチノーは拳をかまえた。
「まあ、いいわ……。やる気があるならかかってきなさい!」
「改めて行きます! ネコミミ・ティーチャー・パンチ!!」
マチノーは右拳を突き出した。が、遅い。狂ったように空を舞う羽虫たちが羽休めのために拳に止まった。
エミリーはマチノーをながめていたが、飽きると横にまわり込んで軸足を蹴り飛ばした。マチノーは片脚を蹴飛ばされ、背中から倒れた。校庭が大きくえぐれた。
「うぐっ!!」
エミリーはいった。
「あなたダメねぇ。ダメダメね。人にものを教えている場合じゃないのではなくって?」
ネコミミ先生は立ち上がった。
「くっ! もう1度! ネコミミ・ティーチャー・パンチ!!」
マチノーは振りかぶり、右拳を突き出した。が、その動きは優雅なほど遅かった。
「こんなの当たるほうがむずかしいわ……」
エミリーのマシンドールが放つ蹴りを受け、マチノーは転倒した。
「も、もう1度! ネコミミ・ティーチャー・パンチ!!」
マチノーは立ち上がって拳を突き出す。が、頭をつかまれると後ろに引き倒された。
「うあぁっ!!」
大きな衝撃があり、ネコミミ先生は声をあげた。
「悪かったわね。あなたにマシンドールで決着をつけようなんてもちかけて……」
エミリーの機体がマチノーを見下ろした。「でも、はじめに言ったとおり、実践で使えない教育など無意味。あなたも身の丈を知ることね」
「私は、まだ負けていません!!」
「まったくのムダよ。あきらめなさい」
「あきらめる!?」ネコミミ先生は声をあげた。「あなたは自分の教え子が困難にあった時、あきらめろと教えるのですか!?」
エミリーのミミがピクと跳ねた。
「じゃあ、どうするっていうの! あなたが私にかなうわけない!!」
「私はあきらめない!!」
ネコミミ先生のマチノーはふらつきながら立ち上がった。よろめいて校舎に腕をついた。2年生の教室がある3階付近が半壊した。
「こいつっ……!!」
「喰らいなさい! ネコミミ・ティーチャー・パンチ!!」
マチノーは拳を突き出した。軸足がぶれて体勢を崩す。前のめりになって倒れる際、拳の先がエミリーの機体に当たった。
「あ、あたった……!!」
「……で?」
エミリーは冷たい目を向けた。
マチノーは腕を取られ、投げ飛ばされた。校舎の高さまで跳ね上げられ、地面に激突した。
あお向けに倒れるマチノーにエミリーの機体が近づいた。
「当たったから? どうしたというの?」
衝撃がコックピットまで伝わり、ネコミミ先生の全身が悲鳴をあげるように痛んだ。
「でも、あたった……! 私はあきらめなくてよかった……!!」
ネコミミ先生は倒れたマチノーから空を見上げた。空は一枚の青い板のようだった。その高さがわかるのは、わずかにある雲と、その上に浮かぶ白い月のせいだ。空はあまりにも広かった。高かった。
ネコミミ先生は白い月に向けて手をあげた。手を握っても月をつかむことはできない。だから、手のひらを広げた。受け入れるように。
エミリーのマシンドールは、倒れるマチノーの頭部の前で片足をあげた。
「そう……。でも、もう終わりね」
片足がマチノーの顔を踏みつけようとした。
足裏が顔先まで迫った時、その動きが急に止まった。
「ん? なに……?」エミリーは声をあげた。「ちょっと……! 動きなさい! な、なんなの!? これっ……!!」
ギシギシと嫌な音をあげながら、片足をあげたままエミリーの機体は動かなくなった。
ネコミミ先生はいった。
「そのマシンドールは、もう動きません……」
「な、何を!?」
ネコミミ先生のマチノーはゆっくりと立ち上がった。
「ネコミミ・ティーチャー・パンチは、体内で練り上げた気を妨害パルスとして相手のマシンドールの運動経路に直接、送り込む技。あなたのマシンドールはもう動きません」
「なんですって!?」
エミリーのマシンドールがガクガクと震えだした。と、全身の関節があらぬ方向に曲がろうとする。
モーション・リンクでつながるエミリーの身体も自由が効かなくなっていた。
「はやくコックピットから出なさい。ネコミミ・ティーチャー・パンチの影響が、あなたの体にまで及びますよ」
「ぐぅっ……!!」
胸のコックピットハッチが開き、可動式のシート部分が伸びた。エミリーは倒れ込むようにコンソールに体をあずけている。
ネコミミ先生はコックピットハッチを開いた。シートが伸びて体ごと空中に出される。風が髪をもてあそんだ。
ネコミミ先生はつぶやいた。
「やはり、サイコミュの効かない機体は扱いに慣れませんわね……」
エミリーはおどろいていった。
「サイコミュ!? まさか……。あなた、ニャータイプのサイキッカーだとでも言うの!?」
「昔の話ですわ……」
エミリーから目を背け、ネコミミ先生は青い空に浮かぶ白い月を見つめた。
「お師匠さま。一子相伝の極技、使わせいただきました」
白い月がネコミミ先生を見つめ返した。「お師匠さまが武力で宇宙を平和にしたように、私は教育で世界に尽くしてまいります――」
「あ、あなた! いったい何者なの!?」
叫ぶようにたずねるエミリーにネコミミ先生はこたえた。
「私はマリーベル・ミケ・ミルティ。中学校教師です」



こうして戦いは終わった。
この日から、坂之上市立雲ヶ丘中学校にはドラゴン・ピーチ教育法が試験導入される。それから数年して、雲ヶ丘中は、地域でも有名な学力優秀校になっていった。
ちなみに、教室を破壊された2年生のクラスは復旧までの2週間、体育館で授業を受けることになる。――が、それはまた別の話だ。



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